うつかんの本棚

うつ病になったアラサー看護師→現在「専業うつ」。病気・読書から得た情報を発信します。

うつ病の私が「死にたい」と言わない理由

 

f:id:sorsora-utsu:20180512133817j:plain

    以前職場で働いていたとき、患者さんの暴言や暴行が酷いときがあった。休憩中職員とその時のことを話していた時に、私が「何かあったとき、その場で人を怒ったり、叱ったりするのがすごく苦手でできない」と言うと、ある職員が「子どもの頃叱られたことなかったんじゃないの?」と馬鹿にしたような口調で言ってきた。正直嫌な気持ちしかしなかったが、私は相変わらず、その場で怒ることができなかった。私の過去を知らないくせにと思った。

 

    以前のブログ記事を読んでくださっている方はご存知のことと思うが、私はうつ病の父親に育てられた。そのことで色々と苦しい思いもした。(詳しくは以前の記事を読んでください↓)そのことを知らないくせに、人の過去を決めつけるような発言が苛立たしかった。

 

sorsora-utsu.hatenablog.com

 


    その後、私なりに何故その場で人を怒ったり叱ったり、自分の意見をぶつけることが苦手なのか考えてみた。

   

    ある意味、その職員の発言は正しかった。私のこの癖は生育歴から生まれたものだと思った。ただ、叱られなかったからではない。私は今では虐待と言われるような怒られ方や叱られ方をたくさんしてきた。(体罰や夜間に裸足で外に追い出される等)でも最も今の私に影響を与えたのは、やはり父の言動だったと思う。その当時は気付かなかったが、私は心理的虐待を受けていたのだと思う。

 

心理的虐待(しんりてきぎゃくたい)とは、著しい心理的外傷を与える言動を行うこと。例としては、言葉の暴力、罵声、暴言、恫喝、無視、拒否、自尊心を踏みにじる行為が掲げられる。保護者側に認識のない虐待例としては過干渉などが挙げられる。精神的虐待(せいしんてきぎゃくたい)とも呼ばれる。
出典: フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』

 

    虐待というと、とても酷いことをされるというイメージが強い。しかし、上記の定義からすると、30過ぎた今でもそのトラウマ的光景がフラッシュバックして私を苦しめるし、それが今の私の言動や自尊心の低さに大きな影響を与えている。

   

    今まで気付かなかったが、振り返って初めて気付く。私は父の言動から著しい心理的外傷を受けていたのだ。

 

    心理的外傷を受けた人がどうなるかは分からないが、私の場合、自己防衛に走った。それは自分の意見や考えを外に出さないという方法だった。

 

    父はうつ病になってから、自分の気持ちを際限なく外に出した。「死にたい」という言葉や「いっそ殺してくれ」という気持ちも。。。きっとすごく苦しかったのだろう。死にたかったのだろう。そして、実際何度も死にに出かけ、その後を追い、夜中に家族で外を探し回る日々が続き、父は入退院の繰り返し。今ではすごくその気持ちもわかる。でも、当時子どもだった私には荷が重すぎた。包丁を持ってきて、私に「これで殺してくれ」と泣きながら訴える父の光景が今でも忘れられない。

 

    人に自分の考えや意見を伝えるのがこんなにも人に影響を与えるのだと、当時の私は知った。こんなにも人を傷つけるものだと知った。私は自分がそちら側(自分の意見や考えを一方的に伝えることにより相手を傷つける側)になるのが怖かった。だから私は私の考えを封印した。誰かに何か言われても我慢する癖がついた。私が我慢すれば相手は傷つく必要がないと思った。そして、自分自身も守れると思った。

 

    今では思う。私はAC(アダルトチルドレン)なんだと。

 

アダルトチルドレン(Adult Children)とは、「機能不全家庭で育ったことにより、成人してもなお内心的なトラウマを持つ」という考え方、現象、または人のことを指す。ACは自己認知の問題であり、診断的に与えられる言葉ではない。
出典: フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』

 

    だから私はうつ病になった今でも、家族に「死にたい」とは言わないようにしている。正しくは私自身がそれを許さない。(「死にたい」と言うことが悪いと言っているわけではありません。そしてTwitterでは時々吐き出させてもらってます)
    それが正しいことなのかは今でも分からない。私のこの癖も、自分をもっと出すことも、きっと怖がらずに外に出せばもっと生きやすくなるのだと思うし、その方が周りの人にとって良い事も多いのだと思う。でも私はこういうところで不器用だ。上手くバランスが取れない。

 

    だから、外に出す練習として、Twitterやブログを始めた。正直この記事を外に出すのも怖い。でも出します。
    うつ病になって、何度も「なんでなったのか」「どうしたらもとに戻れるのか」を考えてきた。でも今では思う。うつ病は私の生き方を変えるためになったのだと。この機会にもとに戻るのではなく、変わろうと思う。そういう機会なのだと。
 恐怖心はなくならないかもしれない。でもこうして少しずつ、自分を見つめ返して、何かしら変わっていけたら、きっとこの病気とも上手く付き合っていけるのかなと、最近は思っている。

 

    以上、そらそら(@sorasorautsu)でした。